2012 | 03
2011 | 03 | 08
2008 | 06
報告  

議長就任にあたって

 
私は、平成7年春初当選以来、吉村知事・田中知事・村井知事そして阿部知事と、時には野党的立場からまた時には与党的立場から4人の知事と相対してまいりました。無我夢中でやってまいりましたが間もなく17年が経とうとしております。

あらためて思い返してみますと、県議会議員としてスタートした頃と、今とではその置かれている立場、いや、見られている立場と言ったほうが分かり易いかもしれませんが、大きく変わってしまっていると、思い至りました。

スタートした頃は、バブルがはじけたとは言え、経済大国日本の前途は洋々としており、政治の世界に不祥事やスキャンダルがあったにしても、誰もが日本の国の将来そのものに対しては、不満や不安はありませんでした。

今はどうでしょうか。景気は低迷しっぱなし。雇用もままならず、少子高齢化と相まってこの国の将来はどうなってしまうんだろうとの閉塞感が国中を覆っています。
いったい‘政治家は何をしているんだあるいはしていたんだ’との批判から、地方の政治家だからといって簡単に逃げる訳には行きません。

古き良き時代から、何が変わってしまったのでしょうか。
ひとつには、この間に、地方を舞台にして国の政治を変えようと考えた方が次から次へと登場いたしました。

,修虜能蕕蓮崚豕が変われば日本が変わる。」と言った東京都知事だったかもしれません。
◆崔Ε瀬狎觚澄廚鯣し、日本を変えようとした知事の舞台は、正にここ、長野県でした。
B膾綸垤汁曚鬚Δ燭辰銅 垢墨誕蠅鯆鷆,靴討れる橋下さんは、今まさに旬な人です。

他にも東国原知事や、名古屋の河村市長も話題を提供してくれました。
それらの結果、国の政治と地方の政治の区分が曖昧になってしまったのです。
つまり気がついたら、国に対する不満・批判がそのまま地方の政治家にも向けられるそんな時代になってしまったのです。

悪いとか間違っているとかの問題ではなく、また、好むと好まざるとにかかわらず、我々を見る目は、非常に厳しくなって来ていることを、覚悟しなくてはならない訳です。
ただ、見方を変えれば‘厳しい目で見られている’という事は、チャンスがあると言うことです。
‘見る’ほどの関心さえも示されなくなったら、それこそお仕舞いであります。

‘厳しい目を’覚悟しつつ、それに耐えうる議会活動を進めて行きたいと、自分に言い聞かせるとともに、あらためて皆様方にもお願いする次第です。
何ですか、消極的な話ばかりしてしまいましたが、長野県議会を見れば

^娶書の発議の本数そして
∪務調査費の使途の透明度
は、全国トップですし、さらなる議会活動のレベルアップを目指して『議会基本条例』も作りました。
我々、長野県議会が、全国的に見て開かれた活発な議会であることは、間違いありません。
申すまでもなく、議会は二元代表制の一翼を担っている訳です。

県民の願いや希望を県政において実現して行くという重い責任がある訳です。
‥貽本大震災・県北部地震からの一日も早い復興・復旧を図って行かなければなりませんし、
長野県の景気対策も喫緊の課題です。
また、地方分権も忘れてはならない大きな目標です。

以上、色々申し上げて参りましたが、‘議会に課せられた重い責任’と‘県民の厳しい目’を忘れる事なく、議会運営に当たってはあくまでも公明・公正を基本として、さらなる‘開かれた議会’‘わかりやすい議会’を目指して頑張る所存です。

以上、申し上げてまいりましたが、皆様のご理解、ご支援を心よりお願い申し上げます。

県政報告(阿部県政1年を振り返って)

 

4月の県議選では大変お世話になりました。

遅ればせながら、心から厚くお礼申し上げます。



敢えて県議選の感想を申し上げれば、『選挙は怖い』ということです。

出口調査の結果上位当選と思われていた候補者が落選。これには、マスコミもビックリしたことでしょう。



新メンバーで構成された新議会で、このたび不肖私が監査委員に選ばれました。



長野県の監査委員は、4人のメンバー(常勤1名、非常勤3名 うち1名は議員で構成)と、局長以下15名の事務局職員がおり、県の行政執行・予算執行が正しく行われているかを監査するのがその業務です。



8月は、最も多忙な月であり、監査委員として14日の出勤日があり、正に、‘盆も正月もない’状況でした。



来春まで任期がありますので、その間若干不義理することがあるかもしれませんが、ご理解ご容赦いただきたいと思います。





  さて、阿部知事の県政が今月末でまる一年となります。

私の目から見た阿部知事は

・多くの人の意見を聞く(敵をつくらない)



・結論を出すのに慎重である



という特徴を持っている。





結果的には、‘無難な県政’を遂行するでしょうが、場合によっては‘時間がかかってなかなか決まらない’という事態も考えられます。



阿部県政も来月からいよいよ2年目となります。

知事選では私達は別の候補者を推しましたが、いたずらに対立するのではなく、あくまでも『長野県』を基準として是々非々で対処してまいります。



疑問な点・ご意見等ありましたら遠慮なくお寄せ下さいますよう

お願い申し上げご報告といたします。





2011年8月24日

平野成基


「2月定例県議会」を終えて

 
2月定例県議会」を終えて

昨日(3月11日)次年度の本予算を決める一年間で一番長い2月定例県議会が終わりました。
終了したのが 午後2時20分すぎ、それから20分位のちに 起きたのが
「東北地方太平洋沖地震」でした。
まさかこんなに凄ましい状況になるとはその時は 思いませんでした。
そして 明け方の 「長野県北部の大地震」とつづき 更なる驚きです。

犠牲になられた方 被害を受けられた方に 心から哀悼の意を表し
お見舞いを申し上げる次第です。


以下 2月定例県議会の報告をいたします。

 ,錣団(自民党県議団)としては、11月定例県議会に引き続き、事業仕分けの
  予算中「構想ニッポン」に支払うべき部分を削除した予算修正案を提出いたしました。
  
  「事業仕分」そのものに反対した訳ではありませんが、事業仕分けのプロ集団「構想ニッポン」
  に仕分けを託してしまうと‘信州型’にはならないと言うのがその理由です。もっと言えば、
  「プロ集団 対 口ベタ職員」の対決は 得てし「善 対 悪」のパフォーマンスになり易いからです。

◆〆8紂(篝気發△蠅泙垢ら、この春に何もかも完璧にすることもない故、本予算には敢えて反対せずに通しました。

  ただ 敢えて言えば 県債残高は実算800億円も減らすことができましたが、景気も悪い県内経済のことを
  考えれば、もう数百億円の事業費が 欲しかったと思います。

 
 阿部知事も本予算を作成し いよいよ本格的に自分の個性を出してくるものと思います。

 我々は県のため、いたずらに争うのではなく 是々非々で対処してまいります。
 (もっとも、そのためには、統一地方選挙に勝ち抜くことが 大前提です。

長野県自由民主党県議団団長に就任致しました

 
ご挨拶

この度、自由民主党県議団の団長に就任いたしました平野成基でございます。就任にあたり一言ご挨拶を申し上げます。


2007年4月の県議会議員選挙の結果、かつて10会派に分かれていた県議会も6会派となり、そんな中、我が自由民主党県議団も10名から18名へと団員も増加し議会の中で最大会派としてスタートいたしました。


最大会派として県政に対する大きな責任を忘れることなく、以下を基本として団(会派)の運営を進めてまいります。

1)村井知事を基本的には支えてまいります。当然の事ですが、知事の政策を闇雲に全て認めるのではなく、時としては是々非々の対応をとなるでしょうし、我々団(会派)の政策・考え方は県に主張してまいります。

2)地方分権が未だ不充分な現在、県政を進める上でどうしても国の理解・協力が必要な場合が往々にしてあります。我が県議団は、政権与党に直結した団として、国に対しても必要な事は直接主張してまいります。

3)私達が、県政を進めていくにあたり、県民の皆様の声を聴くこと(公聴)と同時に、私達の考え方を県民の皆様に知ってもらうこと(広報)も大切なことだと考えています。公聴と広報どちらもおろそかにせず力を入れてまいります。


どうか県民の皆様の率直な声をお聞かせいただきますようお願い申し上げ、ご挨拶といたします。

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