カバの雄叫び - 議長就任にあたって

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議長就任にあたって2012/03/14 10:30 am

私は、平成7年春初当選以来、吉村知事・田中知事・村井知事そして阿部知事と、時には野党的立場からまた時には与党的立場から4人の知事と相対してまいりました。無我夢中でやってまいりましたが間もなく17年が経とうとしております。

あらためて思い返してみますと、県議会議員としてスタートした頃と、今とではその置かれている立場、いや、見られている立場と言ったほうが分かり易いかもしれませんが、大きく変わってしまっていると、思い至りました。

スタートした頃は、バブルがはじけたとは言え、経済大国日本の前途は洋々としており、政治の世界に不祥事やスキャンダルがあったにしても、誰もが日本の国の将来そのものに対しては、不満や不安はありませんでした。

今はどうでしょうか。景気は低迷しっぱなし。雇用もままならず、少子高齢化と相まってこの国の将来はどうなってしまうんだろうとの閉塞感が国中を覆っています。
いったい‘政治家は何をしているんだあるいはしていたんだ’との批判から、地方の政治家だからといって簡単に逃げる訳には行きません。

古き良き時代から、何が変わってしまったのでしょうか。
ひとつには、この間に、地方を舞台にして国の政治を変えようと考えた方が次から次へと登場いたしました。

,修虜能蕕蓮崚豕が変われば日本が変わる。」と言った東京都知事だったかもしれません。
◆崔Ε瀬狎觚澄廚鯣し、日本を変えようとした知事の舞台は、正にここ、長野県でした。
B膾綸垤汁曚鬚Δ燭辰銅 垢墨誕蠅鯆鷆,靴討れる橋下さんは、今まさに旬な人です。

他にも東国原知事や、名古屋の河村市長も話題を提供してくれました。
それらの結果、国の政治と地方の政治の区分が曖昧になってしまったのです。
つまり気がついたら、国に対する不満・批判がそのまま地方の政治家にも向けられるそんな時代になってしまったのです。

悪いとか間違っているとかの問題ではなく、また、好むと好まざるとにかかわらず、我々を見る目は、非常に厳しくなって来ていることを、覚悟しなくてはならない訳です。
ただ、見方を変えれば‘厳しい目で見られている’という事は、チャンスがあると言うことです。
‘見る’ほどの関心さえも示されなくなったら、それこそお仕舞いであります。

‘厳しい目を’覚悟しつつ、それに耐えうる議会活動を進めて行きたいと、自分に言い聞かせるとともに、あらためて皆様方にもお願いする次第です。
何ですか、消極的な話ばかりしてしまいましたが、長野県議会を見れば

^娶書の発議の本数そして
∪務調査費の使途の透明度
は、全国トップですし、さらなる議会活動のレベルアップを目指して『議会基本条例』も作りました。
我々、長野県議会が、全国的に見て開かれた活発な議会であることは、間違いありません。
申すまでもなく、議会は二元代表制の一翼を担っている訳です。

県民の願いや希望を県政において実現して行くという重い責任がある訳です。
‥貽本大震災・県北部地震からの一日も早い復興・復旧を図って行かなければなりませんし、
長野県の景気対策も喫緊の課題です。
また、地方分権も忘れてはならない大きな目標です。

以上、色々申し上げて参りましたが、‘議会に課せられた重い責任’と‘県民の厳しい目’を忘れる事なく、議会運営に当たってはあくまでも公明・公正を基本として、さらなる‘開かれた議会’‘わかりやすい議会’を目指して頑張る所存です。

以上、申し上げてまいりましたが、皆様のご理解、ご支援を心よりお願い申し上げます。

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