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カバの雄叫び 東国原宮崎県知事のこと 2008/06/27 9:13 am

華々しく登場した東国原知事。もう7年前になりますが、我が長野県の田中康夫前知事の登場とイメージをダブらせた方も多かったことと思います。

 確かによく似た状況ではありました。
 .謄譽咾罵名だったが故に、選挙中からテレビ等でセンセーショナルに取り上げられたこと。
 ∩挙で多数票を投じた県民はともかく、対県議会・対県職員の立場は敵陣に乗り込むイメージで注目されたこと。
 9告塔として、県の観光や特産物を積極的にPRしていること。
 づ鎮譱庵了は記者クラブのあり方、東国原知事は記者会見のやり方で、地元マスコミと対立したこと。

 こう並べてみると、数多い‘改革派’知事の中でも、このお二人は極めてよく似た状況の中でスタートしたことは間違いありません。

 しかし、お二人の考え方・人間性の違いでしょうか、その後の、様々なケースでの対処の仕方は全く別のものであり、その結果、長野県と宮崎県では全く違う状況となりました。

 私は議会人ですので、県議会に対する対処の違いを例に述べてみます。

 東国原知事は、敵とすれば総本山にあたる自民党県議団に挨拶をし、対話による理解を求めることからスタートしました。つまり、当然のことではありますが、自身の理解者・協力者を増やすことから始めた訳です。

 田中前知事は、全く違った方法をとりました。当選直後の小沢一郎氏との対話で「県民の多数の信任を得た知事であり、議会なんかどうにでもなる」旨の発言がありました。
 つまりは、ご自分は県民の多数の上に立っているので、議会は自分に従うのが当然であるとの考え方だった訳です。

 理解を求め合うならともかく、この様な考え方の知事に、我々議会が反発するのもまた当然の結果でありました。

 その後の田中流のやり方が、今にして思えば凄まじいものでした。
 議会がご自身と相容れないものであることが分かると、理解を求めるどころか、むしろ対立を際立たせる方向に走ったのです。

 時には、我々議会を挑発し、多数の古くさい横暴な議会と、それに対するたったひとりの正義のヒーロー田中前知事を演出し演技する、こうして田中劇場がスタートすることになったのです。

 この筋書きは、私たち議会も頭では分かってはいても、挑発されれば体(口)は反射的に反応してしまい、田中前知事の演出・シナリオをまんまと演じてしまうという繰り返しでした。

 その結果、知事不信任→失職→圧倒的多数による知事再任という大ドラマが繰り広げられ、我々議会が主役の田中前知事を支える名脇役を演じてしまった訳です。

 以上申し上げれば、宮崎県と長野県の大きな違いはご理解いただけたと思いますが、どうしてこんなにも違ってしまうのか。

 以下は私の推察によるものです。
 東国原知事は、心の底から宮崎県を愛し、少しでも故郷のためになればとの思いで一所懸命のように見受けられます。
 6年近く田中前知事を見て来ましたが、口では長野県を愛すとは言っても、長野県はご自分自身を際立たせるための材料に過ぎなかったように私には感じられたのです。

 とにもかくにも、長野県における田中劇場は終演いたしました。願わくは間違っても再演がないように祈ります。

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カバの雄叫び 雄叫びの復活 2008/06/05 9:30 am

一昨日(9月20日)村井知事の後援会(輝く81の会)が開催されました。その時考えました……。

 思えば、どうしても相容れることが出来なかった前知事を破って村井知事の誕生を果たすことが出来て早1年。
 宮崎県の東国原知事の話題は毎日のようにテレビに取り上げられていますが、長野県政のことや長野県知事の話題が、テレビを賑わすことはめっきり少なくなりました。

 実は、それはそれで長野県にとっては幸せなことなのですが、「村井知事は仕事をしているの?」とか、甚しい場合では「村井知事は県政を後戻りさせてしまった」との誤解があると聞き、村井知事を誕生させた者の一人として少しでも県政の実態を県民の皆様に伝える責任を感じた次第です。

 県政の実態の報告はもちろんですが、問題が山積している国のこと社会全般のことも含めて‘雄叫び’として皆様に聞いていただきたく、ここに復活しますのでよろしくお願いいたします。

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